大阪史2万年の舞台をデジカメもって歩く

大阪に人が住みはじめたのは旧石器時代の上町台地

大阪市の歴史

桃が池明神 聖徳太子の頃

桃が池はいつ頃できたのかは知らないが、元々は灌漑用の池だったらしい。いつの日かここに大蛇(怪物)が住み着き人々が利用できなくなったためにこれを退治しました。その大蛇の死体を聖徳太子が供養したのがおろち塚で、後世別の人(角田某)が祀ったの桃が池明神の始まりらしい?{諸説あるのでこの記事は正確ではありません}
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桃が池明神:飛鳥時代推古天皇の御代。股が池中央にある浮島のくぼみに堂の周り一丈(3メートル)長さ3丈6尺(11メートル)もあろうかと思われる怪物の死体が横たわっていて人民の憂いあり。時に聖徳太子がその地に穴を掘り・・・
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長原式土器

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大阪市に人が住みだしたのは旧石器時代

およそ3万年まえのことらしい?そのころは氷河期で大阪湾の海面は今より150メートルも低く日本とユーラシア大陸は地続きだった。

阿倍野区阿倍野筋と東成区神路ではナウマンゾウの骨が見つかっている。 
ギャラリー
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